劇団四季『ミュージカル南十字星』初日観劇記
劇団四季は創立60年を記念し、四季オリジナルミュージカル“昭和の歴史三部作”を順次上演する。
“昭和の歴史三部作”の先陣を切って上演されたのは『ミュージカル南十字星』。“三部作”の完結編として公開された同作は実在する人物を伝記的に描く方法を取らず、史実に残された記録をフィクションとして再構成した作品となっており、シリーズの集大成となっている。04年東京初演では、約4ヶ月のロングランを達成し、以降、京都、名古屋で上演。上演が行われていない地域でのリクエストも多く寄せられている。
四季劇場[秋](東京・浜松町)にて2013/6/1まで公演されました。
今回は、劇団四季様よりお借りする事の出来た公演写真を用い、観劇させていただいた初日の公演模様をダイジェストでお伝え致します。
初日観劇記
<ストーリー>
太平洋戦争前夜、京大に学び、理想に燃えながら南方へと出征していった若き学徒は、なぜ処刑台に消えたのか。日本軍政下のインドネシアを舞台に、これまであまり語られることがなかった「BC級戦犯」の悲劇を描く
「ブンガワン・ソロ」を歌い、別れを悲しむ勲とリナ。2人は別れ際に日本の風習「指切り」をして別れる。
撮影:荒井健
インドネシアの静寂なシーンで始まった作品は日本のシーンへと代わる。主題歌でもあるインドネシアの流行歌「ブンガワン・ソロ」をリナが歌う。「ブンガワン・ソロ」はジャワ島最長の河「ソロ川」の事であり、オランダの植民地だったインドネシアの独立への思いを込めた歌詞となっている。「ブンガワン・ソロ」はアジアからの輸入曲としては国内最大のヒットを記録するなど、日本でも人気が高い。出演者の衣装が国や時代背景に合ったデザインになっており、時の変化とともに代わる背景など、細かい演出も見逃せない。
勲は兵士となり、南方戦線へ向かう。
撮影:上原タカシ
舞台は第二次世界大戦下の日本と東南アジアに位置する国、インドネシア。インドネシアは多くの島々で構成されているため、地の利を活かして古くから中継貿易の拠点として栄え、独自の豊かな文化を育んでいた。しかし、その利便性故、16世紀頃からは香辛料などを求めた欧州各国の進出を受け、19世紀以来オランダの支配下にあった。第二次世界大戦が始まり、連合国側から石油の輸入を受けられなくなると、日本は石油を求めインドネシアを含む東南アジアへ「南進」した。当初の日本軍はオランダなど欧米各国の支配下からアジアを解放した「解放軍」としてのイメージを持たれていたため、現地の人々にも歓迎されていた。
インドネシアの文化を余す事なく取り入れた舞台。異国情緒あふれる演出に魅了される。
撮影:上原タカシ
劇中ではインドネシアの豊かな文化が忠実に再現されており、度々登場する。農耕の様子や、インドネシアの伝統的な影絵芝居である「ワヤン・クリ」、「火祭」などが、スクリーンやライティング、そして水を効果的に使った舞台セットによって再現されている。また、ミュージカルの骨格を成す音楽にも力が入っており、様々な銅鑼や鍵盤を組み合わせた打楽器「ガムラン」などの民族楽器の生演奏も入り、臨場感を感じられる。これら豪華な舞台演出により、私たちはインドネシアの世界へ招かれる。
勲とリナはオリジナルミュージカルナンバー「めぐり遭い再び」をしっとりと歌い上げる。
撮影:上原タカシ
オランダから解放された喜びを歌う「アジアの大地」、勲とリナが再会を祝って歌うデュエット「めぐり遭い再び」など、メロディアスでキャッチーな誰でも気分が高揚するオリジナル曲が続く。インドネシアらしいエキゾチックな魅惑のダンスナンバーが続く火祭りのシーンもオリジナル曲との事で、劇団四季スタッフの層の厚さがここに見える。
捕虜に取り囲まれ、復讐される。
撮影:荒井健
水を用いた舞台演出が最大限効果を現すラストシーン。照明が舞台上の水を通して劇場の天井に照射される事で、天井には水の揺らぐ姿が青い光となって現れる。舞台を通して使用されている水がこのように効果的に使用された事に驚くと同時に、同作の演出の素晴らしさを感じる事が出来る。南十字星を背景とする感動的なシーンを引き立てている。
勲の絞首刑執行直前にリナが自らの命を省みずに監獄を訪れる。2人は最後の別れも「指切り」をする。
撮影:荒井健
太平洋戦争という世界の大きな節目の中でも、「南方戦線」や「B・C級戦犯」はあまり馴染みがないストーリーである。しかし、企画・構成・演出の浅利 慶太が、戦争における忘れ去られている悲劇を「語り継ぐ」ために作ったと述べているように、侵攻状況が色分けされた地図を用いた解説も入るため、分かりやすい形でストーリーを追うことができる構成となっている。そのため、当時を知る人は勿論、あまりよく知らない人にもお勧めできる作品である。この作品を通して、歴史でしか知らない話を、過去の「歴史」という大きな漠然とした話ではなく、自分が同じ運命を辿ったかもしれないという「1人の人間の話」として捉えることができるのではないだろうか。今年は日本とインドネシアの国交正常化55周年という節目の年でもある。公演のタイミングもぴったりであったと言える。
初日の劇場風景
獄中の勲にリナが会いにきたシーンから、周囲は涙を流す方も多く見られ、多くの観客の心に響く舞台である事を実感できました。終演後、幅広い年齢層の観客からは鳴り止まぬ拍手・・・7回のカーテンコールの後、無事に初日の幕は閉じられました。
初日のキャストボード
昭和という時代と、戦争の悲劇に正面から向き合い、時代の真実に迫った三部作は日本人の心に寄り添った主題を扱っていることもあり、高い評価を受けている。
出演者、脚本、演出、音楽、美術と舞台の要となる部分が最高の形で結託した『南十字星』。ミュージカルの基本を余す事なく抑え、同作が世界に通用するオリジナルミュージカル作品、と言えるのは浅利 慶太を始めとする劇団四季スタッフが企画・構成・演出を担当しているからと言えるだろう。四季オリジナルミュージカルの真骨頂とも言える同作を劇団四季ファンのみならず、日本人として見逃せない作品であった。
協力:劇団四季