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S.S.コロンビア号から当時の客船事情を探る ー燃料編

葉ノ瀬さんによるアメリカンウォーターフロントの時代考察、今回はS.S.コロンビア号から当時の燃料事情を探ります。

タートル記事New York Shipping & Travel illustrated誌の記事。ボイラーやタービン、煙突などコロンビアの機関について伝えている。

コロンビアの正式名称はSS Columbiaですがこの”SS”とは蒸気船を意味する接頭辞でありSteam Shipの略です。つまりコロンビアは蒸気船であることを意味します。きらびやかなインテリアや目立つ速度記録は注目を浴びますが、上の見出しに「リヴァイアサンの心肺」とあるように船としての根幹を成す機関は詳しく触れられることがありません。東京ディズニーシーではタートル・トークなどで船内の様子を伺えるので、航行するために必須の機関について、いくつかに分け解説していきます。

1、燃料編―ブラックギャングはつらいよ

タワーオブテラーの特設サイトtot1899.comによればニューヨークグローブ通信のインタビューに答えたムトゥンドゥ族族長の息子キブワナ・キジャンジの肩書きは『コロンビアの石炭供給者』とあります。おそらくこれは『石炭夫』Coal trimmerを意味していると思われますが一体どんな職業なのか。蒸気を作り出す源であるボイラーの燃料について見ていきましょう。

入り口奥石炭

コロンビアの燃料はタートル入り口奥の積まれている石炭です。石炭焚きの船には現代に見られない職業があります。一つはキジャンジの石炭夫。もう一つは火夫Fireman、要は釜焚きです。これらは第一次世界大戦以前の船には必須の職業でした。

石炭について念頭において欲しいことがあります。それはひたすら汚れるということです。ウエスタンリバー鉄道でも使われておらず、現在では身近なモノでないので少々説明しますと、触れても汚れ、燃やしても煤煙で汚れ、燃やした後の灰の始末でも汚れ、と非常に汚れます。

断面図断面図の一部。石炭庫Coal Bunkerは船首の最下層にある。

そのため、積み込みの際には粉塵が飛び散るので客が乗り込む前に燃料埠頭で補給していました。石炭夫の活躍する場はまずはじめにココになります。大西洋両岸の整った港では、ベルトコンベアなどの機力を使えるため、負担は軽減されますがそれでも汚れないということは無く、クルーズ途中で整備されてない港に入港して給炭するとなると、人海戦術で埠頭から炭庫まで鈴なりに人が群がって石炭を運び入れました。

デッキプランコロンビアのデッキプラン。ボイラー室の最後部から船首下に位置する石炭庫までの距離は船体の半分以上ある。

続いて船内に目を向けましょう。ボイラーの近くにも即応分(すぐに使用する分)の炭庫はありますが、使えばすぐ無くなります。このデッキプランを見てわかる通り、石炭庫とボイラーに石炭を放り込む焚口は離れているので、運び入れた炭庫からボイラーにまた運ばなければなりません。この移動に関する逸話として、フォークランド沖海戦では、追跡側のイギリス軍艦は石炭庫からの移動が追いつかず、即応分の石炭が無くなりテーブルなどを燃やして凌いだことが挙げられます。まるで80日間世界一周!

また、両舷で均等になるよう使っていくわけではないので時間の経過と共に石炭庫に偏りが出来ます。そのままだと傾いて航行に支障が出るので、この偏りを直すのも仕事のうちです。一般的には下から石炭を取り出していくので、山の中にはところどころ空間ができますが、上に乗って均していると嵌って埋もれてしまうことがまれに良くあったとか。

そして石炭庫の火災の消火です。石炭自身が一酸化炭素の濃度や高温により自然発火しやすいため、火災は頻繁に発生しました。適切に処理すれば容易に消火できますが、時間と労力が食われるため危険というよりむしろ面倒くさい部類に入ります。石炭はそれに加え放置しても風化し、粗悪炭となるなど、生ものとしての要素が強いのです。

以上が石炭夫の主な仕事です。このひたすら石炭を扱い炭塵まみれだったので火夫と共に『ブラックギャング』”Black Gang”―訳するならば真っ黒い連中―と呼ばれていました。むやみに焚けばいい物では無いので、火夫には技量がいります。しかし石炭夫は上記のように通り基本的に運ぶだけですから、体力さえあればできるので、軽く扱われがちな機関員の中でも最下層の扱いでした。ムトゥンドゥ族が滅び、裸一貫でニューヨークへ逃げてきたキブワナが就ける職業はこれぐらいだったでしょう。

新聞記事 処女航海を伝えるニューヨークグローブ通信に掲載されたコロンビアの要目。

一握りの大富豪からたくさんの移民までいた当時の乗客構成はピラミッドによく例えられましたが、船底、物理的な意味のピラミッドの底辺では大勢のギャングたちが働いておりました。ブルーリボンホルダー、つまり当時世界最速のモリタニア(Mauretania,1907年,31,000トン) は機関員を366人抱えていましたが火夫が192人、石炭夫が120人と大半を占め、その上一日の燃料消費量は1000トン以上とその速力(大西洋横断平均26ノット)に見合う大食いでした。さすがに最高速度23ノット総トン数24,000トンのコロンビアは要目によれば429トンと敵いませんが、すべて人がくべていたことは共通しています。果たして464人のクルーの内どれほどが機関員だったか、想像はできるでしょう。

火夫断面図にはもちろんボイラー室とそこで働く火夫も描かれている。

ライバルとタイマンで競争し、ブルーリボンを奪い取ったドイッチュラント(Deutschland,1900年,16.000トン)は文字通りヒートアップしすぎてボイラー室があまりにも熱くなったため、火夫に絶えず水をかけながら勝利し、第一次世界大戦最大の海戦、ユトランド沖海戦でドイツ軍艦はイギリスと違い、夏時間を採用していたためちょうど昼食の前に戦いが始まり、食事にありつけず夜には大きな損害も無いのに速力が落ちた話など、根本的に人力で動かしていたが故の苦労話に事欠きません。

顧みられることもなく船底で炭塵まみれになりながら働く大勢のブラックギャングたち無しにはコロンビアは動くことができないことがおわかりになりましたでしょうか。

次回は彼らが作り出した蒸気の使い道について解説する予定です。

【寄稿者情報】

葉ノ瀬 さん

20世紀初頭の乗り物に大変詳しく、東京ディズニーリゾートを様々な視点から観察し、記事やツイートをされている。

葉ノ瀬さんのS.S.コロンビア号に関する記事はまだまだ続きます。

今後の記事にもご期待ください。

Twitter:@N_Hanose

Blog:寝古鉢鉄工所

葉ノ瀬さんの寄稿記事はこちら

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