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劇団四季『ミュージカル李香蘭』観劇記

劇団四季は創立60周年を記念し、四季オリジナルミュージカル“昭和の歴史三部作”を順次上演しており、3作品目として『ミュージカル李香蘭』の上演が四季劇場[秋](東京・浜松町)にて2013/9/8(日)から9/29(日)まで公演されます。

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今回は、観劇させていただいた9/7(土)の公開舞台稽古の模様を、当日撮影したコンフェティオリジナルの公演写真を用い、お伝え致します。

 1946年、上海軍事裁判所。ここに一人の女性が引き出された。名は“李香蘭”。日本の国策映画に数多く出演したことから、祖国・中国を裏切った反逆者(漢奸)の罪を問われ、裁判に掛けられたのだった。しかし、彼女は告白する「私は日本人。名は山口淑子です」と…。

19裁判長、そして傍聴席の民衆に自らの想いを訴える淑子

9ストーリーテラーとして“もう一人のよしこ”こと川島芳子が登場する

 裁判のシーンからは中国人の怒りや、淑子の義姉である李愛蓮の複雑な思いが伝わってくる。また、この時代を理解するには複雑な世界情勢の知識が必要となるが、そのような時代背景などの補足をする役として川島芳子が登場する。彼女は清朝の親王家出身であり、女性でありながら軍の活動に深く関わり、「男装の麗人」「東洋のマタ・ハリ」などと呼ばれ、実際に山口淑子とも親交があった人物である。この川島芳子の存在によって、舞台を分かりやすく、また、客観的に語ることが可能となっている。

中国・東北部の撫順に育った山口淑子は、1930年、父の友人である李際春将軍の養女となり、“李香蘭”の中国名をもらう。彼女は、中国とまだ見ぬ祖国日本への愛とを胸に秘めて少女時代を過ごす。

22“李香蘭”の名を貰う淑子

501932年には“五族協和”を謳い満州国が建国された

 場面は一転し、淑子の幼少期へと飛ぶ。淑子はここで李際春将軍の養女となり、“李香蘭”が誕生する。愛蓮という仲の良い義姉もでき、歌のレッスンを受け才能を開花させるなど、淑子の幼少期は順風満帆であった。しかしその一方で、満洲と内蒙古、つまり“満蒙”を日本の生命線と捉える軍部は満州への進出を強めており、1931年には柳条湖事件(南満州鉄道爆破事件)、翌年には満洲国の建国と、徐々に淑子の周囲にも戦争の足音は忍び寄っていた。川島芳子によって、楽曲に乗せてリズミカルに、しかし淡々と、淑子の年齢と共に同年の歴史的な出来事が紹介され、泥沼の日中戦争、そして太平洋戦争へと進んでいく様子が分かる。この時代の出来事を詳細に覚えている人はあまり多くはないと思うが、そのような人でも順を追って進む場面を見ていくうちに、はっきりと当時の雰囲気を感じることができる。また、音や煙を使っての両国の衝突シーンは迫力があり、思わず目を背けたくなるほどであった。これはやはり文章ではなく、「ミュージカル」という形態だからこその表現の強さであろう。

類まれなる美貌、流暢な中国語、そして歌の才能を認められ、淑子は満州映画協会で女優・李香蘭としてデビューする。心ならずも日本の国策映画に次々と出演した彼女を、誰もが中国人だと考えていた。

68満州映画協会で女優として活躍する淑子

 奉天放送局での歌が評判であったことから、李香蘭は満州映画協会、通称“満映”に声をかけられ、女優としての道を歩み始める。しかし、淑子としてはただ女優として映画に出ていただけであっても、それが政治利用されている様子が軍人の側から描かれる。まだ20前後の若い少女であった淑子は、いつの間にか戦争に巻き込まれていたのだ。映画のシーンからは李香蘭の強いオーラを感じ、当時の人気をうかがい知ることができた。

スターの道を歩む李香蘭。一方で、時代は戦争一色に塗りつぶされていく。軍部の独走は、戦禍をますます広げていき、米英との太平洋戦争開戦以降は、ますます泥沼に追い込まれていく。もはや結果は明白だった。

76軍部、そして新聞の論調は開戦へと進んでいった

96日本劇場にて1941年2月11日に行われたリサイタル

101華麗なリサイタルの様子が再現されている

109慕ってきた杉本との今生の別れ

 映画もヒットし、東京・有楽町の日本劇場、通称“日劇”でのリサイタルも評判となった李香蘭。リサイタルはとても華麗に再現されており、太平洋戦争開戦と同じ年とは思えないほどの盛り上がりを見せる。しかし、一方で軍部の暴走、そして世論が戦争へと進んでいく様子が描かれる。戦局はますます悪化し、遂に兄のような存在として慕ってきた杉本も戦争、しかも厳しい戦況の南方へと送られることになる。故・三木たかし氏によるオリジナルナンバーや、昭和の時代を象徴する楽曲が随所で登場するため、暗くなりすぎず描かれているが、しかし、だからこそ楽曲との対比で事実がますます重くのしかかってくる。

そして1945年終戦。日本は敗退し、満洲国もわずか13年という短い歴史を閉じることになった。その理念、人々の夢や希望。日本人がこの国にかけたそのすべてが打ち砕かれたのだった。

121川島芳子を始め、多くの人が中国を裏切った反逆者“漢奸”として裁かれる

 1945年8月15日、日本は敗戦し、日本の傀儡国家であった満州国は消滅した。中国では、日本に協力し、祖国・中国を裏切った反逆者を“漢奸”として裁いていった。それぞれがそれぞれの立場で必死に生きていた結果だとしても、それによって他の誰かを傷つけていたことを改めて感じさせられる。これまで舞台の進行役として登場していた川島芳子の死によって、物語はいよいよクライマックスへと進んでいく。

舞台は再び法廷へ。すべてを告白した淑子に、いよいよ審判が下される時がきた…。

125裁判で許しを請う淑子

 戦争によって生まれた多くの憎しみや悲しみ。しかし、憎しみに憎しみを返し、仕返しをしていては、その時の気は済むかもしれないが、延々と悲劇が繰り返されることとなりかねない。人々の憎しみの行方は、そして時代の波にのまれた淑子の運命は…。是非、劇場でご覧いただければと思う。

当日は最終的な通し稽古ということで、開始前には企画・台本・演出を担当する浅利慶太氏からも熱心な指導が入り、俳優の皆さんも気合いを入れていました。

また、李香蘭役の野村玲子さんからは

『ミュージカル李香蘭』に出演するごとに、この作品に託された「歴史の真実を語り継ぐ」という役割の大きさを実感しています。私自身、この作品と出会うことで“昭和史”に改めて向き合い、日々の舞台を努める中で、さらに理解が深まっていきました。若い世代の方々にもこの作品を通して、日中の戦争の歴史を知っていただけたら幸いです。

という意気込みが語られました。

劇団四季の創立60周年を記念して行われてきた<昭和の歴史三部作>シリーズの連続上演も、残すところあと1作品のみ。その締めくくりとして、劇団四季が総力をあげてお届けするのが、この『ミュージカル李香蘭』です。

この作品は日本のみならず、世界でも注目されています。1992年には日中国交正常化20周年の記念行事事業として中国政府の招聘を受け、中国4都市で計16回の公演が行われました。中国との暗い歴史を舞台にした作品であるにも関わらず多くの賛辞が寄せられ、計2万3千人もの観客を動員。また、1997年にはシンガポールで開催された「アジア舞台芸術祭」に参加し、現地カラン劇場で計3回の上演を行い、地元マスコミから高い評価を受けています。

このように、史実に基づき“李香蘭”という1人の女性の半生を描くことで、歴史に真正面から向き合い、国際的にも高い評価を受けているこの作品。戦後68年を経て、特に若い世代には戦争が遠い時代のものと思われつつある今、昭和の戦争を語り継いでいきたい、悲劇を決して風化させてはならないという劇団四季の強いメッセージを感じます。幼い頃から戦争の渦に巻き込まれ、歴史に翻弄された“李香蘭”こと山口淑子女史の半生を描いたこの作品は、世代・国籍を問わず、是非多くの人々に見て欲しいと感じました。劇団四季創立60周年記念公演<昭和の歴史三部作>の締めくくりを衝撃的に、そして華麗に彩る『ミュージカル李香蘭』、どうぞお見逃しなく。

【公演情報】

公式ホームページはこちら

<公演日程>

9月8日(日)~9月29日(日)

<会場>

四季劇場[秋] (東京都港区海岸1-10-48)

<会場アクセス>

JR山手線/京浜東北線 浜松町駅北口より徒歩約7分

都営地下鉄浅草線・大江戸線 大門駅B1番出口より徒歩約9分

東京臨海新交通ゆりかもめ 竹芝駅から徒歩約3分

<料金>

S席9,000円/A席7,000円/B席5,000円/C席3,000円

バルコニー 4,000円/学生バルコニー 2,000円(要学生証)

<予約方法>

ネット予約:SHIKI ON-LINE TICKET(24時間受付)

電話予約:劇団四季予約センター  0120-489444 (午前10時~午後6時)

直接購入:各劇団四季専用劇場、JR東日本主なびゅうプラザ

 

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協力:劇団四季

 

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